映画:『ある男』 感想

日本映画

映画レビュー:『ある男』


1. 作品情報(基本情報)

  • タイトル:ある男

  • 公開年:2022年

  • 監督:石川慶

  • 出演者:妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、清野菜名、眞島秀和、小籔千豊、きたろう ほか

  • 上映時間:121分

  • ジャンル:ヒューマンドラマ、ミステリー、心理劇

  • 制作国:日本


2. あらすじ(ネタバレあり)

「あなたが愛したその人は、いったい誰だったのか」

舞台は現代の日本。主人公は弁護士の城戸(妻夫木聡)。ある日、彼のもとを訪れた依頼人の里枝(安藤サクラ)は、亡くなった夫の戸籍上の身元が偽りだったことを知り、その正体を突き止めてほしいと依頼する。最愛の夫が、実は“別の誰か”だったという衝撃の事実。彼はなぜ名前を変えて生きていたのか?

調査を進めていくうちに、彼がかつて過ごした土地や家族、そして事件の痕跡が徐々に明らかになる。城戸はその過去を追う中で、社会の周縁に追いやられた人々の姿や、差別、孤独、喪失といったテーマと向き合うことになる。そして、自らも心に抱えていた傷と向き合うようになっていく。

“ある男”の過去を辿ることで、城戸自身の人生観までもが変わっていく過程が繊細に描かれている。


3. 見どころ・魅力ポイント

  • 演出の工夫:全編を通して淡々と進行するが、その静けさが、かえって登場人物の心理を深く掘り下げる力となっている。セリフの少ない場面にこそ重みがあり、観る者に問いを投げかける。

  • 俳優の演技:妻夫木聡の弁護士役は、理知的でありながらも内面の迷いを見事に表現。安藤サクラは、平凡な主婦が愛する人の正体を知っていく中で変化していく姿を、表情と語り口だけで体現している。窪田正孝は、謎多き“ある男”として劇中に登場するが、その存在感は観客に深い印象を残す。

  • 音楽や映像美:音楽は極めて抑制的で、ピアノや環境音が静かに流れ、観る者の情緒にそっと寄り添う。カメラワークも巧みで、都市の風景から田舎の自然まで、無機質さと温もりが交錯する映像が印象に残る。

  • ストーリーの独自性:身元詐称というミステリーの構造を持ちながらも、これは人間の尊厳やアイデンティティに迫るドラマ。誰かの人生を“代わりに生きる”ことの意味、そして人を信じることの難しさが織り込まれている。

  • 印象的なセリフやシーン:城戸の「それでも彼は彼だったんじゃないか」というセリフが、本作の核心を突いている。真実と偽りの間で揺れる心を象徴するような一言。


4. 感想・レビュー(あなたの視点)

『ある男』は、現代社会における“他者の理解”というテーマを深く掘り下げた傑作です。ストーリーの中盤以降、真実が明かされていくスピードはあくまで抑制的で、観る者に思考の余白を与えてくれます。

本作には、社会的な差別や戸籍制度、家族の在り方といった日本固有の問題が内包されており、非常に示唆に富んだ作品となっています。

映画を観終わった後、誰かの過去に思いを馳せたくなる——そんな感覚に包まれました。これは単なる“ミステリー映画”ではなく、“存在を問う哲学的な映画”とも言えるのではないでしょうか。

「人間はどこまで他人を知ることができるのか」その問いが静かに心に残る、優れた社会派ドラマです。


5. こんな人におすすめ

  • 重厚で考えさせられる人間ドラマを求める方

  • 日本社会に根深く残る問題を映画を通して考察したい人

  • 『万引き家族』『誰も知らない』『怒り』など、リアルな感情描写の邦画が好きな人

  • 社会派の文学やヒューマン・ノンフィクションに関心がある人


6. 評価(★などの形式)

  • 総合評価:★★★★★(5/5)

  • 演技:★★★★★

  • 脚本:★★★★★

  • 音楽:★★★★☆

  • 映像:★★★★★

  • テーマ性:★★★★★


7. 関連情報


8. 豆知識・トリビア

  • 原作小説は、実在の戸籍売買事件を下敷きにしており、社会的背景がリアルに反映されている。

  • 映画化にあたり、監督の石川慶は主人公の内面描写に重点を置き、原作よりも“無言”の演技に重きを置いた。

  • 撮影は福岡県や長野県など、日本各地の風景を使って行われ、登場人物の心情とリンクしたロケーションが物語に深みを与えている。


9. ネタバレありの考察

“ある男”が身分を偽ってまで生き延びようとした動機には、ただの逃避ではない、人間としての切なる希望があった。「本名」であることよりも、「誰かに必要とされる自分」として生きたかった。

それは、名前というラベルではなく、“関係性”にこそ人間の存在価値が宿るというテーマに繋がります。現代の匿名性が高まる社会において、このテーマは極めて示唆的です。

さらに、城戸自身もまた、正義と感情の間で葛藤し、自分のアイデンティティを見つめ直す人物として描かれます。彼が最後に選ぶ沈黙は、言葉以上に重い“肯定”として、観客の胸に響きます。


10. 予告動画・画像(著作権に配慮して)

※公式サイトやAmazon Prime Video、U-NEXT等で予告編や場面写真をご覧いただけます。


まとめ

『ある男』は、“人の本質とは何か”を深く問いかける作品です。

表面的な情報では測れない人間の尊厳と、それを理解しようとする営みの尊さが、丁寧な演出と卓越した演技で表現されています。真実を追う物語でありながら、それ以上に“心を覗き込む物語”でもあります。

観るたびに新しい発見がある。そんな“静かなる名作”として、ぜひ多くの人に届いてほしい一本です。

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